オススメ

芥川龍之介『蜜柑』

アゴダ・クリストフ『悪童日記

金原ひとみ『アッシュベイビー』

川上未映子『乳と卵』

川端康成『雪国』

小谷野敦『評論家入門』

澤井義夫『ボボボーボ・ボーボボ

志賀直哉『城の崎にて』

田中康夫『なんとなく、クリスタル』

谷崎潤一郎痴人の愛

鳥山明ドラゴンボール

夏目漱石『私の個人主義

夏目伸六『父・夏目漱石

西村賢太『焼却炉行き赤ん坊』

バルザックゴリオ爺さん

ビートたけし菊次郎とさき

福沢諭吉『学問のすゝめ』

三島由紀夫金閣寺

村上龍限りなく透明に近いブルー

森鴎外『雁』

山田詠美『指の戯れ』

山崎ナオコーラ人のセックスを笑うな

 

映画

大島渚戦場のメリークリスマス

大根仁『SCOOP!』

ガス・ヴァン・サント『ドラッグストア・カウボーイ』

ジョン・カーペンター『ゴースト・オブ・マーズ』

タランティーノパルプフィクション

デヴィッド・フィンチャーファイトクラブ

三浦大輔『ボーイズ・オン・ザ・ラン』

吉田大八『桐島、部活やめるってよ

 

音楽

アレッド・ジョーンズ『walking in the air

Yellow Magic Orchestra『key』

石川智晶『アンインストール』

サイモン&ガーファンクル『The Sound of Silence』

ザ・スミス『there is a light that never goes out』

高見優Jin-仁- main title』

パッヘルベル『カノン』

flipper's guitar『奇妙なロリポップ

夏は私を相反した概念に導く。

 

1つは「青春」といった言葉に代表される途方もないエネルギーであり、一方は「終戦」といった言葉に代表される気怠いものである。

 

夏になると各部活で引退試合がある。

引退した部員はすぐさま受験勉強へと方向転換する訳だが、そこで毎年、私の元気を奪うのが天才がそれに便乗して引退をしてしまうことだ。

 

天才には人々を感動させ、元気を与える力がある。

それを使わないのは自殺と同じで罪なのである。

 

人の人生に口出しするなと思うかも知れないが、それならその競技が好きじゃなかったと言って欲しい。

間違っても美談にしないで欲しい。

 

私もなるべく気怠さに負けることなく青春を信仰したいと思っている。

吝嗇

貧乏臭い人が嫌いだ。

 

そういう人は大抵、貧困家庭に育ったのではなく、情報に飢えるという感覚がなく、他人とのコミュニケーションを放棄しているから雰囲気が貧乏臭いのである。

 

彼らは教養も好奇心もないが、学校の成績だけはいいので、つまらないが安定した人と適当に結婚をし、週刊誌を読むなどして時間を潰し続ける。

 

こういった人は、彼らと同質な貧乏臭い親や教師が長い時間をかけて教育してきたのだから救いようがない。(日本の近代化と似た構造ですね)

というより、救う気もない。

森鴎外舞姫』が出題されたテストで高得点を取ったと喜んでいる彼らを哀れに思うだけである。

 

こういう楽しさ0の吝嗇家ライフを送るくらいなら、まだ一瞬でも喜びのある浪費家の人生の方がいいのかも知れない。

 

浪費

「石油王と結婚したい」という冗談を言う人がいる。

それを聞くたびに私は、そのお金で幸せになれるセンスがあると思っているのか疑問を感じる。

 

私はそれなりの階級の家に生まれ、今までそれなりの額を散財してきた。

しかし、ブランド信仰をしたことはない。

いや、好きなブランドはあるが、ブランド品以外に買うものがないといった状態になったことはない。

 

石油王と結婚したいという人は散財の楽しさを知り始めた人なのだろう。

しかし、ある程度の物が買えるようになってしまったら金を使い尽くすことが目的になってしまうのではないだろうか?

 

ただ、本当に石油王と結婚できるなら金銭感覚が変わっても問題ないと思うし、ブランド信仰は金持ちになる過程で通過しなければいけないステップなのかも知れない。

そうした努力の後に、ガチな金持ちが行く店を知ることができ、有効な散財ができるようになるからだ。

 

まぁ、どうでもいい。

金持ち喧嘩せず、である。

メンへラ

恋愛相談を受けた場合、一部の例外を除いて相手を肯定するようにしている。

一部の例外とは、登場人物にメンヘラがいる場合である。

 

メンヘラは、甘えと愛情を混同する人のことだ。

彼らは平気で無償の愛を求める。

これは育ちも関わることで難しいことだが、残念ながら一人で生きられない者に愛を求める資格はない。

自己責任が原則だからである。

 

また、メンヘラの恋愛は端から見ても異常なものになる。

私は面白い恋愛は見たいが、病的な恋愛は見たくない。

病的なものは私から元気を奪う。

説教

先日、友人に冷たい人だと言われた。

私が怒らないということからそう判断したらしい。

 

別に舐められている訳でもないんだから放っておいてくれと思ったが、色んな友人に聞いたところ怒られないと寂しいと感じる人が多いようだ。

温かい人といわれるには、善意を押し売りする必要があるらしい。(心情倫理ってやつですね)

 

私だって、怒る時は怒る。

しかし、なるべく怒らないようにしてるのは、自分の間違いを指摘してくれる人がいなくなるのが怖いからだ。

 

優秀な人だって極端な思想を持ってしまうことがあるのに、私が正しいものを完璧に取捨選択できるはずがない。

批評

尊敬できる人が身近にいたことがない人が言う「(偉人)はすごい」にはなんの価値もないと思う。

 

こんな悪口ブログを書いていてなんだと思われるかもしれないが、批評の本質は長所を探すことにある。

 

長所を見つけることと尊敬することは別と思うかも知れないが、本来、自分より遥かに優れた人を理解することなどできない。

また、自らを完全に客観視するなど不可能だ。

 

身近な人と偉人を比較して始めて、偉人のすごさを相対的に知ることができるのである。

どんぐりは、他のどんぐりと背比べをした後で大木に感嘆するべきだ。